先日某所で遠藤ミチロウ氏が監修した、全国の穴場ライブスポットの本を読んでいて、とても懐かしい名前を目にした。
私が高校生の時分、入り浸って一通りの危ないことを憶えた店である。
今はもう経営者も店の名前も変わってしまったが、旭川市の中心部から少し離れた場所にあり、あの「安全地帯」がアマチュア時代にライブをやっていた。
初代のマスター&ママはヒッピー志向のご夫婦で、カナダのコミューンへ旅立っていった。(現在は帰国して、旭川市の郊外で農業を営んでいらっしゃる筈)
当時はアメリカのコミューンから来て札幌に住んでいた、レイモンドという兄ちゃんが遊びに来てたりして、私も友達になった。彼はヤキソバが大好きで、私が札幌の彼の自宅に遊びに行くと、半ば強制的にごちそうしてくれた。結構うまかったんだな、これが。
そのレイモンドが、やはり札幌に住んでいたジェニー(男性)というフランス人を紹介してくれて、そのお蔭で私はインドとヒンドゥーにずっぽりハマってしまった。
だって、お香焚いてラヴィ・シャンカールなんか聴いてんだも。しかも玄米食って...
まあ、それはともかく、初代のマスターがカナダへ行って、後を引き継いだのは旭川の劇団関係者だった。
旭川には劇団「河」というのがあり、常盤公園の入口付近で「河原館」という喫茶店を経営していた。格好いい女優のお姉さんがいたりして、私はそこにも入り浸っていたのだが、それは置いといて、「空想旅行館」の経営者が変わってからというもの、わたしは常にオモチャになっていた。
なんかライブがあると駆り出され、出演したり打ち上げで飲んだり。高校生だった私に飲酒を強要したのは彼らである。
悪い奴等だ。
しかも私が札幌へ逃げて行ってからも、札幌公演の折には、甘い言葉で見に来させて無理矢理ステージに引っ張り上げるという暴挙にまで出たのである。
そのお蔭で私は、経歴書に「俳優」という項目を追加せざるを得ない羽目に陥った。
酷い奴等だ。
しかし、今では楽しい思い出である。多分私の人格形成において、彼等の所業は相当大きな影響を及ぼしているに違いない。
念のために断っておくが、「空想旅行館」はもうない。今はまったく別の店になっている。