DTMなんて言葉が流行る前からやっている。
十代の頃、ジャズ~フュージョンの洗礼を受けた。
チック・コリアの「リターン・トゥ・フォーエヴァー」が最初だったと思うが、ボブ・ジェームスやら横倉裕やら、ロックともジャズともポップスとも、何とも判別し難い混沌とした音楽環境にあった。
70年代の終わり頃にラリー・カールトンやリー・リトナー、パット・メセニーというギタリスト達を知った。単に自分の技術が未熟なせいだと思うが、ロックの表現に限界を感じていた私が喜んで飛びついたのは言うまでもない。
ジャズの手法でロック的な演奏をする。誰が思い付いたか知らないが、画期的なことである。
当時は高中正義が大ブームを巻き起こし、渡辺香津美もノリにノっていた。
「ああ、俺もあんなのがやってみたい。」
しかし、そこは田舎の悲しさ。みんな音楽を知ってはいても、技術が伴わないので誰も手が出せない。
仲間たちのそんな状況に、半ば苛立ちながら私は悶々としていたのだが、音楽関係の雑誌を読み漁るうちに、MTRの存在を知ってしまった。いわゆるマルチ・トッラク・レコーダーである。
当時私は国家公務員で、給料を丸々使ってしまっても全く生活に困らないという、特殊な職場環境下にあったので、早速資料を集めて機材を買い込んだ。
クラリオンの「XD-5500」が最初のマイMTRである。
たかだか4トラックだが、カセットテープで多重録音ができるなんて夢のような話だった。
で、これにヤマハの「CX-5」という、今ではオモチャのような8ビットのPCに、これまた涙が出るくらい簡単なシーケンスソフトを乗せて、ひたすら自分の音世界を構築してきた。
現在では、当時とは比べ物にならないくらい環境も技術も良くなった。しかもオンラインで買い物ができるので、CDなんかも(当時はまだアナログ盤が主流だった)わざわざ都会まで出かけて迷いながら探すこともなくなった。
しかし、音楽はやっぱり表現だと思う。どんな素晴らしい機材や技術があっても、それを操る者のイマジネーションが形にならなければ音楽とは呼べないのではないだろうか。
逆に言えば、素晴らしいミュージシャンはどんなに安い楽器を使ったって素晴らしい演奏ができるだろうし、自分もそうなりたいと願っている。