私がギターを弾き始めた70年代初頭は、まだエレキギターを持っていると不良と呼ばれていた。
アコースティックギターは良くて、何故エレキギターがダメなんだ?と不満を抱きつつ、ラジカセのマイクをフォークギターのサウンドホールに突っ込んで弾いていた。
オーバーロードしたマイクの歪み具合がちょうど良くて(高価なマイクでは決して真似をしないこと)とてもハード・ロックな気分に浸っていた。
その時はまだエフェクターなるものの存在を知らなかった。(知らないということは恐ろしいことだ)
国内ではフォーク、ニュー・ミュージックが流行し、同時に海外ではハード・ロックやプログレッシヴ・ロックが全盛期で、1970年代はとても音楽的な刺激に満ちていたと思う。私の頭の中には、ユーミンやら吉田拓郎やら井上陽水と一緒に、レッド・ツェッペリンやピンク・フロイドが矛盾なく同居していた。
そんな頃にクロスオーバー(現在のフュージョンの原型)と出会ってしまった。確か、チック・コリアの「リターン・トゥ・フォーエバー」を聴いて衝撃を受けたのを憶えている。それまで抱いていたジャズに対するイメージが粉砕され、非常に刺激的で魅力的な音楽に思えた。きっとこの頃に取り憑かれたに違いない。
ちょうどこの頃、ロック音楽に魅力を感じなくなってきた。出るモノが全部出揃ったというような停滞感を抱くようになり、AOR(アダルト・オリエンテッド・ロックというオトナのポップ・ミュージック)にシフトし始めたころでもある。しかし、全くロックを聴かなくなった訳ではなく、イーグルスやスティーリー・ダンなどはよく聴いていた。
AORに関しては、スティーブン・ビショップやネッド・ドヒニーが大好きで、とりわけマイケル・フランクスに至っては崇拝の対象にさえなっていた。
本格的にジャズを聴き始めるのは高校を卒業してからなのだが、今はずいぶん数が少なくなった、昔ながらのジャズ喫茶に入り浸って、何がなんだかわからずにJBLの大音響に身をよじっていた。
さてギターはというと、フォーク小僧からハードロック野郎になり、しばらくは「歪み系こそがエレキギターの命!」というくらい歪みにこだわり、ギターのクリーントーンを聴くと苛立っていたものだ。きっと内面も歪んでいたに違いない。
ところが、大人の入り口に立って精神的に落ち着いてきたのか、ラリー・カールトンやリー・リトナーの演奏を聴くうちに、徐々に歪みに関するこだわりがなくなり、最近は年のせいでディストーションサウンドを聴くと疲れるようになってきた。変われば変わるもんである。
ジャズを受け入れてからは音楽に対する間口が広がったような気がする。何でもこだわりなく聴けるようになった。近年はもっぱらワールドミュージックに分類されている、ブラジル音楽やスペインの楽曲を多く聴いている。中でも、レビューでも紹介しているが、Vicente Amigoというギタリストは一番のお気に入りである。
なんだかんだ音楽からは離れられないのだが、やればやるほど乗り越えなければならない壁が高くなってくる。継続して何かをやるということは、そうやって次から次へと現れる壁を乗り越えてゆくゲームみたいなものなのかも知れない。