またまたゴロンタの話である。
ある休日、私はゴロンタと留守番をしていた。私は親がいない時にしかできない、参考書の修復をしていた。
とても高価な英文の参考書で、大切な図版の特定の部分に塗られたスミを剥がすのである。とてもデリケートな作業なので、親の前では手が震えて大事な部分まで剥がしてしまう可能性が非常に高い。
ゴロンタはその間、家から出たり入ったりしていた。
スミ剥がしが一段落したので、私は母の言いつけ通り風呂に水を張ることにした。夏場は気温が高いことを利用して、風呂を沸かす灯油代を節約できるのだ。冬は逆に冷え過てしまい、かえって灯油代が高くつく。
さて、当時の我が家には水道の蛇口がひとつしかなく、これで全て賄っていた。風呂の浴槽へ水を溜めるには長いホースを使うのだが、これはよくある半透明の緑色のホースで、蛇口より少し大きめだったため、頻繁に気泡がホースの中を走って行くような状態だった。
さて、水が溜まるまでの20分ほどの間に参考書の修復を進めようと、私は再び作業にとりかかった。マーガリンをティッシュに少し付けて、絶対に力を込めないように優しく優しくスミの上をこするのだ。忍耐の必要な作業である。
少しすると、風呂場のほうからドボンという音が聞こえてきた。
何だろうと思いながら耳を済ませてみると、何やらゴニャゴニャとくぐもった猫の声のようなモノが聞こえてくる。私はすぐさま風呂場へ急行した。
すると、こともあろうにゴロンタが浴槽の中で泳いでいる・・・いや溺れているではないか。
急いで救出してみると、結構肥えていると思っていたゴロンタは意外に着太りするタイプで、水に濡れた体は半分になっていた。
居間でスプリンクラーをやられてはかなわないので、すぐにタオルで体を拭いてやったのだが、本人はその間バツが悪そうな上目遣いで私を見上げ、とんだドジを踏んでしまったと言いたげな様子だった。
猫の習性として、近付いて来るものは様子を見て、遠ざかるものを追うという本能がある。狩りをする動物の本能であろうが、まさか水道のホースの気泡を追って風呂の浴槽に飛び込むとは、バカとしか言いようがない。
おかげで私の参考書の修復作業は三分の一しか進まなかった。
ゴロンタはその日はもう気力が尽きたのか、外へ出ようとはせず、しばらく自分の体を舐めて過ごしていた。