早いものである。母が亡くなってからもう数十年になる。
私は一人っ子で、父が仕事の都合でほとんど家にいなかったこともあり、何となく母子家庭のような環境で育った感がある。
まあ、それは別の話だが、母はどうやら猫だったらしい。というのも、大の魚好きで、骨も残さずに食べていたし、生前「魚はねえ、腐る寸前が一番美味しいんだよ。」と言いながら、買ってきた魚を沢山並べて干していたからだ。
まあ、それだけで猫だったと決めつけてはいけない。夜中に油を舐めているのを目撃したわけでもないし、先が二股になった尻尾が生えていたわけでもない。
しかし、本人も時々「わたしゃ猫だよ。」なんて言っていたし、母の母(つまり私の祖母)も彼女が猫であることを否定しなかったから、多分そうであろうと思われるのだ。
しかも近年、私も猫化しつつある。肉でも魚でも、所謂『熟成』させたヤツの方が、新鮮なものより美味しいと思うようになってきたのだ。
狗神憑きというのは聞いたことがあるが、猫は自分が化けることはあっても人間の血筋に入り込んだりはしない。私の家系は、稀有な猫憑きの血筋である。
そんな事があってはたまらない。これは何かの間違いである。
さて、肝心の猫の話だが、私が中学生の頃の話である。
ある夜、あの『密造ワイン』(005.ワインの話を参照)をくれたおばさんの息子(つまり私の同級生)が私の家にやってきて、すぐ近くに猫が捨てられているという話をした。
私は直ぐさま見に行ったのだが、家を出るときに「絶対に拾って来るんじゃないよ!」と母に念を押されたので、まだ目も開いていないような生まれたての仔猫であったが、言われたとおり見ただけで家に戻った。
すると母が「どうだった?」と尋ねるので、私は「白と黒の二匹で、まだ目も開いてなかったよ。」と答えたのだが、最後の「よ。」を言い終わらないうちに母の姿は消え失せていた。
3分後、母は段ボールの箱ごと仔猫を抱えて戻ってきた。
私は呆然とした。「絶対に拾って来るな!って言ったじゃないか。」
母は私をキッと睨み付け、「お前はそれでも人間か?」と言ったのである。
私はその時、固く心に誓った。絶対グレてやる!
その後、二匹はそれぞれ「シロ」「クロ」と安直な名前を付けられ、我が家の絨毯と柱をボロボロにし、仲良くもつれ合いながら成長したのだが、やはり最初からそう長く生きられない運命だったのだろう。一年もしないうちに立て続けにいなくなった。
まずシロが、野犬か狐に追われて、家に戻ってこれないほど遠くへ逃げたらしい。次にクロが家のすぐそばの道路で、早朝く礫死体となって母に発見された。
母の悲嘆は相当なものであった。母のあまりの落ち込みに、私はグレるのをやめることにした。
その後我が家にやってきたのは、生後3ヶ月くらいのヨモギ猫だった。白地に縞模様のブチがある猫をヨモギ猫という。
母が、知り合いの家から貰い受けてきたのだ。ヤツは「ゴロンタ」と名付けられ、母が最後に入院する直前まで我が家の家長を務めていた。
ゴロンタにはいくつかエピソードがあるが、ヤツはとても変わった猫だった。
ある日、近所に住む母の仕事仲間がやってきた。ゴロンタはそのおばさんが嫌いで、いつもはさりげなく逃げ出すのだが、その日はたまたま私が家にいてかまっていたので、ゴロンタは逃げるタイミングを失してしまった。
するとゴロンタは、大きく伸びをした後、部屋の隅へ行き、壁を向いて座り込んだまま固まってしまった。置物になったつもりらしい。
おばさんは一時間くらいいたのだが、ゴロンタはその間ぴくりとも動かず、誰が呼んでも全くの無反応を決め込んでいた。猫は犬ほど愛想は良くないが、普通は家族に呼ばれると、耳や尻尾くらいかすかに動かすものだが、この日のゴロンタは、死ぬほど大好きなタクアンを鼻先に持っていっても、匂いを嗅ごうともしないほど置物に徹していた。
そしてプライドを傷つけられたおばさんは帰っていったのだが、ゴロンタはおばさんが玄関の戸を閉める音を確認して、ようやく元に戻ったのだった。
おばさんが戸を閉めたとたん、立ち上がって私の顔を見ながら「ニャア」と鳴き、テーブルの上のタクアンを夢中になって食べ始めたのである。
ゴロンタは魚や肉類よりもタクアンの方が好きである。母が夕食の支度をしながら、テーブル(というより飯台)の上に焼き魚を並べていっても見向きもしない。せいぜい鼻をヒクヒクさせるくらいである。
ところが、タクアンを切り始めると、台所に伸び上がって取ろうとするのだ。上に飛び乗ったりすると、頭蓋骨が割れるかと思うほどしこたま叱られるので、あえて危険は冒さないが、ゴロンタが目一杯伸びると、かろうじて前肢がまな板に届く。さらにもう一伸びすれば、爪の先にタクアンを引っかけることが可能となるのだ。
当然甘えた声でニャーニャー鳴いているのだが、口の中は唾液で一杯になっており、何とも切ない有様である。一度「ニャー」と言いながらうがいをしてみてほしい。その時のゴロンタの状況が再現されるであろう。
そんなゴロンタとも別れる時がやってきた。
母はリンパ腺の癌で亡くなったのだが、最後に母が入院する一週間ほど前に、ふっつりと家に帰って来なくなった。雄猫であるので、それまでも二~三日の外泊はたまにあったようだが、母がもう家に戻ってくることはないと悟ったらしい。
猫は自分の死体を人に見せないと言われている。実際に事故などで死んだ猫の死体しか見たことがない。逆に、猫は自分の親しい人間の死も見たくないのであろう。
よく、「犬は人につき、猫は家につく」と言われているが、猫だってちゃんと可愛がってあげれば、犬に負けないくらいなついてくれるものなのだ。
真冬の寒い夜に、ゴロゴロ喉を鳴らしながら布団に潜り込んできたりすると、「春になったらマタタビを取ってきてやるからな」などと思ってしまう。