かつて従事していた職業の名残である。水虫とぢは職業病のようなものだ。
二十代前半のことだが、私は国家公務員だったことがある。某国家機関に身を置き、極秘任務を遂行すべく日夜様々な業務に励んでいた。
山の奥深く分け入り、穴を掘り、木の小枝を折って箸代わりに飯を食い、蛇を追って泥にまみれたりしていた。
それはともかく、何しろ山の中である。休憩や昼飯時に、座ろうと思っても椅子などある訳がない。別に無理して座らなくとも良いのだが、肉体労働で疲労困憊しているうえに立ったまま食えるような飯を用意してくれるわけでもないので、いろんな所に座ってしまうのだ。
例えば石の上とか、湿った土の上とか、上司の上とかである。また、トラックの荷台で一夜を過ごさねばならない事もあった。しかも冬である。
エアマットの上に毛布を何枚も敷き、厚着をして寝袋に潜り込む。その上から窒息しそうなほど毛布を重ねて掛けるのだが、床は薄い鉄板一枚なので底冷えがする。しかも身動きできないくらい着込んでいるので、なかなか眠ることができないし、起きたときには全身の関節が痛い。
そんなことを四年間もやっていると、潜在的にぢ主にもなろうというものだ。しかも編み上げの革の半長靴を履きっぱなしなので、指付靴下を履いていても水虫になる。
さて、これが顕在化してくるのは退職後なのであるが...

!! 警告 !! 食事中の者は速やかに食事を終了すべし。
この警告を無視して後で何かが起きても責任は取らないからそのつもりで!


某国家機関を退職後、私は民間人になった。当時の同僚とたまに行くレストランがあった。
富良野地方の方ならお分かりと思うが、五条通りにあった(今はスキー場の近くで民宿になった)あの店である。
美味しい料理を食べさせてくれるというので結構評判が良かったのだが、ある時私は見慣れないメニューを発見した。
「びっくりハンバーグ」である。
10インチの皿を覆うようなでかいハンバーグ(700g)で、これだけならまだ驚くに値しないのだが、ハンバーグの周囲にはジャガイモ四個分のフライドポテトが散らしてあり、上には多分2Lサイズの卵であろうと思われる巨大目玉焼きが二個乗っている。これにライス二枚と、てんこ盛りの丼サラダがふたつ、さらにこってりと甘いジュースが二杯付いてくるのだ。びっくりである。
1時間以内に完食したら、定価二千円のところ半額の千円にします!という店主の挑戦を私は受けて立った。
ハンバーグを一きれ口の中に放り込む。うむ、美味ぢゃ。これならイケル。食べ始めて私は自分の目を疑った。ハンバーグの下に大量のスパゲッティが敷き詰めてあるのだ。本当にびっくりした。店主の策略にまんまと填められた!と気付いたが時すでに遅し。私はほんのふたくち分のスパゲッティがどうしても喉を通らず、泣く泣く撃沈させられたのであった。
その夜私は、悔しさと胸焼けで一睡もできなかったのは言うまでもない。
密かに復讐を誓いながら、私は時期を待った。そして、また新メニューを見つけてしまったのだ。
「びっ辛カレー」である。
私は世界征服を企む名古屋弁の店主の野望を打ち砕かんと、敢然とこれに立ち向かったのである。
30分以内に完食すればタダ!
私の前に二人の客がおり、どうやら二人ともカレーを注文した模様である。
最初の客は中辛。どれどれ、ふうむ、少し黒っぽい。次の客は大辛。をを!中辛より黒いぞ。ってことはびっ辛は真っ黒なんだ~と勝手に思いながら待っていると、出てきたのは真っ赤なカレーであった。死ぬちょっと手前まで唐辛子を入れたらしい。一口で地獄行きである。
しかしここでビビっては男がすたる。私はゴジラが放射能を吐きたくなる気持ちを想像しつつ、汗と涙と鼻水で顔を濡らしながら、見事雪辱を果たしたのだ。ざまあ見ろである。
意気揚々と帰宅した私は、風呂でさっぱりと鼻水を落とし、鼻歌混じりで機嫌良く床に就いたのだったが、何となく胃のあたりが、もひとつしっくりしない。家族に隠れて冷えすぎた西瓜を半分食べ、罰が当たってのたうちまわった時の感触に似ている。
眼鏡の奥で不敵な笑みを浮かべる店主の顔が脳裏に浮かんできた。
またしても策略にまんまと填められてしまった!と気付いたが時すでに遅し。
胃の中に違和感をたっぷり感じ、脂汗をかきながら私は30分くらいのたうちまわった。吐き気もないし下痢でもなく、ひたすら気持ち悪いのである。
そしてお約束のアレがやってきた。
私は脱兎のごとく階段を駆け下りてトイレに飛び込み、戸を閉める余裕もなくパンツを下ろした。
それは、食べるときよりもっと深い地獄に堕ちたようだった。直腸から肛門にかけて熱いのである。しかも唐辛子の塊が敏感な部分を通過するにつれ、その熱さはピリピリとした痛みに変わり、後でリップクリームを塗らなくっちゃ、と思ったほどだ。
かくして私は正真正銘、嘘偽りのないぢ主になってしまった。今でも体調を損ねると、呼んでもいないのに勝手に肛門様が出てくるのだ。痛くはないが、押し込んで水戸に帰してやるのが大変である。